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函館地方裁判所 昭和34年(わ)483号 判決

主文

被告人沢田孝二、同藤枝正雄を各懲役二月に処する。

但し被告人両名に対しこの裁判確定の日から一年間いずれも右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人両名の平等負担とする。

理由

(被告人等の経歴)

被告人沢田孝二は昭和二十二年六月現在の日本国有鉄道(以下国鉄と略称する)に奉職し、青函船舶鉄道管理局(以下青函局と略称する)五陵郭工場庶務課員として勤務しその頃結成された国鉄労働組合(以下国鉄労組と略称する)に加盟して組合員となり、以後昭和二十五年頃国鉄労組青函地方本部(以下青函地本と略称する)五陵郭工場支部執行委員、昭和二十七年頃同支部執行委員長、昭和三十年青函地本執行委員、昭和三十二年前記五陵郭工場支部執行委員長を経て昭和三十三年以降再び青函地本執行委員となり兼ねて同地本業務部長の役職に就いていたもの、

被告人藤枝正雄は昭和十七年三月国鉄に奉職し青函局青函連絡船の火手として勤務しその後同連絡船の操機掛となつたが、国鉄労組の結成と共に加盟して組合員となり、昭和二十三年青函地本船舶支部斗争委員、昭和三十一年青函地本執行委員、昭和三十二年青函地本船舶支部書記長を経て昭和三十三年以降は国鉄労組船舶協議会本部事務局長の役職に就いていたものである。

(本件事件発生に至る経緯)

一、国鉄青函局青函連絡船の乗組員の勤務形態は、昭和十七年十二月頃から一般に運航要員の二倍の乗務員を配置してこれを二組に分け、乗務した一組が一昼夜で連続二日分ないし二昼夜で連続四日分の勤務を行う間、他の一組(反対番)はそれに相当する期間非番として自宅休養し、これを交互に繰返す交替勤務制を採用して来た。ところが同勤務制のもとでは、乗務員が出勤乗務すべき勤務指定日に休暇をとる場合には、休養のための非番を認める理由がなくなるので当該非番予定日には当然勤務しなければならないことになるが、その日には反対番のものが乗務しており、しかも各船舶の乗組員は定員によつて制限される関係から出勤しても乗務できない矛盾を生じていた。そこで昭和二十一年八月十九日当時の函館船舶管理部長は函管人秘第一八五号、連絡船船員の慰休欠勤処理と題する通達により、連絡船乗組員の休暇は乗務と非番とを一勤務単位として単位ごとにとるよう示達し、やむを得ない場合に限り乗務指定日だけの休暇をとることを認め、非番予定日には自宅で待命させることとし、その日の出務表を不乗便として整理する措置をとることとなつたが、青函局の労務管理上の不手際から右不乗便制度は当初のやむを得ない例外的措置としての趣旨を離れて運営され、連絡船乗務員に欠勤者のある場合にも反対番の不乗便中のものに出務を命ずることなく、すべて船員区の予備船員を以てこれに当て、また不乗便中のものに対し遠距離の国鉄無賃乗車証を給付する等次第に不乗便を通常の休暇として取扱う慣行を生ずるようになつていた。しかし不乗便制度は雇傭契約上ノーワークノーペイの原則に反し、また不乗便扱いをうけるものの中にも各船舶間、個々人間に差等を生じて衡平を失することがあつたばかりでなく、不乗便扱いは国鉄陸上勤務者には固より青函局勤務の船員であつても青函連絡船の補助汽船乗務員には適用がない制度であつたため青函局は国鉄本社、会計検査院等から再三その不合理を指摘された結果、昭和三十三年一月十日青函地本に対し不乗便を廃止する前提のもとに取り敢えず従来の不乗便を半分に減縮することを申し入れその趣旨について説明するに至つた。これに対し青函地本は前述のように不乗便が実質上通常の休暇と同様に取扱われて来た慣行に基きその廃止は労働条件の切り下げであると解し、労働条件に関する事項であるから団体交渉で解決するまで実施を見合わすべきであると主張し、なお連絡船乗組員については船員法の適用があるにかかわらず日本国有鉄道船舶就業規則はこれに違反し、一般船員の運行中の労働時間は、船舶の航海当直につくものについては一日八時間以内、一週間五十六時間以内(船員法六十条)、航海当直をしないものについて一日八時間以内一週間四十八時間以内(同法第六十二条)であるべきに、連絡船においてはこれらすべてにつき一日平均八時間、一週間平均五十六時間と定め、また航海中の休息時間について十二人を越える旅客定員を有する船舶に乗組む事務部職員は航海中一日に連続八時間の休息時間を含む少くとも十二時間の休息(同法第六十四条)を与えるべきであるのに連絡船においては事務部職員について休息時間の定めがなく、前記航海当直を行うものについても当直の勤務割に関する規定を欠き夜間連続四時間の休息すら取れない現状にあり、更に労働時間が不確定であるため、時間外労働に対する手当(同法第六十七条)も停泊中を除いて支給されない等の過重な労働条件の下で不乗便は連絡船船員にとつて精神的、肉体的休息及び健康保持に重要な役割を果して来たとして、同年二月十五日には青函局長に対し船員に週休を賦与し、連続四時間以上の睡眠を確保し、船員の時間外労働について協定を締結されたい等四項目の提案を行い不乗便廃止を阻止する態度に出た。青函局は同月二十六日青函地本の右要求は同局長の権限外の事項や局長の管理運営事項に属するものであるから応諾できない旨の回答を行う一方、不乗便廃止は労働条件の変更ではなく、乗務員の勤務指定に関する局長の管理運営事項に属する事項であり、本来当局が一方的に実施できる問題であるから青函地本との団体交渉によつて解決すべき性質のものではないと反論し、その後同年三月十日、翌十一日、四月一日と三回にわたる青函局と青函地本との折衝も双方の主張は対立したままであつた。その後青函局は昭和三十四年四月二十一日青函達甲第三五号により青函連絡船乗務員の休暇は乗務と非番とを組合せた一勤務単位毎に処理することとして従来の不乗便扱いを廃止し、特別の事由がある場合に限り一勤務単位の一部について休暇を使用することを認め、同年五月一日からこれを実施することとし青函地本に協力方を要請したが、同地本は依然団体交渉によつて解決するまで実施すべきでないと主張し、同年四月三十日折衝の結果更に双方話し合いによつて解決することとしてその実施期日を延期したものの、更に同年五月二十日の話し合いも双方の主張は変らず同年八月三日の折衝の際も亦同様であつたため、青函局は同日夕刻これ以上の話し合いは無駄であるとしても翌四日から前記達甲第三五号を実施する方針を固め、これを青函地本に宣言すると共に、その旨各船長等現場長に通知し、遂に永年続けられて来た不乗便制度は青函地本の反対のまま廃止されるに至つた。

二、よつて(1)青函地本は同年八月三日青函局との交渉が打切られた直後から翌四日にかけて同地本会議室において同地本執行委員全員参加の下に地本斗争委員会を開き青函局が一方的に不乗便を廃止したことについて当局に反省を求めるため抗議集会を開くこととし、同時に公共企業体等労働委員会札幌地方調停委員会に対し本問題のあつせん申請を行うことを決定し、抗議集会については、(イ)同月五日より同月八日までを第一波斗争期間として函館市若松町所在国鉄函館桟橋岸壁(以下函館桟橋と略称)及び同市港町所在国鉄函館桟橋有川支所岸壁(以下有川桟橋と略称)に着岸中の旅客、貨物全連絡船において旅客船は出港三十分前まで、貨物船は出港十五分前まで一時間にわたりそれぞれ当直非番両者を含めた乗務員の勤務時間内職場集会を開催すること、(ロ)船体の保持、火災、盗難の予防等のため保安要員として各船に航海士、機関士、通信士、操舵掛、操機掛、操鑵掛各一名計六名、客船にあつては以上のほか、船客掛五名計十一名を配置すること、(ハ)各職場間の交流と激励の意味で有川桟橋に百名、函館桟橋に五十名の組合ピケツト要員を動員し職場大会に参加させること、(ニ)組合役員は職場集会に赴き不乗便廃止問題の経緯を説明し同集会を激励し各連絡船分会組合員の意見を集約すること等を定め、同月四日国労本部に報告し、同本部はこれを検討した結果即日青函地本決定の内容どおりの第一波斗争指令を発したので、青函地本は同指令を下部分会に伝えると共に同月五日公共企業体等労働委員会札幌地方調停委員会に対し本問題について調停斡旋申請を行つた。(2)青函局はこれに対し同月五日関係部門幹部及び現場側の船長、機関長、桟橋長等を集め対策会議を開き協議の末、連絡船の運航が遅延することを防止し、旅客に迷惑をかけないことを最大の目標として勤務時間内の職場集会は許可しないが、非番者のみの集会の場合は船長の裁量で許可してもよいこと等の事項が各現場長に指示されたが、かくして青函地本の前記第一波斗争は八月五日から同月八日までの間函館、有川両桟橋に着岸した全連絡船において実施され、各船において職場集会が行われたが特段の紛争もなく終了した。

三、しかし(1)青函地本は右第一波斗争直後更に地本執行委員会員参加のもとに地本斗争委員会を開き、第一波斗争によつても当局には反省の色が認められないとし、当局に対し一層強力な打撃を与える内容の斗争によつて抗議することを計画し、職場集会開催の日時を同月十五日から同月十九日までとし、その時間帯を旅客船においては出航十五分前まで、貨物船にあつては出港五分前までの一時間としたほかは第一波と同様とする内容の決定をし、国労本部の指示を仰ぎ、同本部は同月十日青函地本に対し詳細は青函地本に委せて右内容の第二波斗争指令を発しその際当時函館に滞在中の被告人藤枝正雄及び他一名を国労本部中央執行委員会の派遣委員とし斗争の指導に当る任務を与えたので、青函地本斗争委員会は更に職場集会実施上の細目について第一波斗争の際決定したところを踏襲して下部分会に斗争を指令し、また執行委員長宮原武一及び被告人沢田孝二、小田新一、鈴木儀一等の各執行委員を有川桟橋に派遣しその責任者とした。(2)右斗争計画を察知していた青函局は同月十四日青函局長以下第一波対策会議と同様の関係者を集めて対策会議を開き協議した結果、第二波斗争が青函地本の計画どおりに実施されるときは連絡船の機関室の出港準備や貨車の積替作業等の遅延から運航の遅延が必至であると判断し、また当局に打撃を与えることを目的とする集会を許可すべきでないとの観点から一切の職場集会を禁止することを各船長に指示し、別に応援斑を組織して函館桟橋に一ケ斑、有川桟橋に二ケ斑を配置して組合ピケ隊の乗船阻止と違法行為の現認に当らせることとした。(3)かくして青函地本の第二波斗争は台風の近接したため指令を変更し一日遅れて同月十六日から同月二十日までの間、函館、有川両桟橋に着岸の全連絡船において行われ、その間函館桟橋に着岸した連絡船における職場集会については格別の紛争も発生しなかつたが、有川桟橋着岸の貨物連絡船においては地本側の職場集会に対する指導統制が強く、組合ピケツトの活動も激しかつたため当初から幾多の混乱が発生した。即ち(イ)八月十六日午後二時五十五分出港予定の十勝丸においては船尾から乗船したピケツト隊員は、同船トリミングポンプ操作室において貨車積替の際に生ずる船体の傾斜を復元するためのトリミングポンプを操作していた操舵掛に対し、これを説得して船内職場集会に参加させ、その後も同操作室を包囲して当局側の代務操舵掛の入室を拒んだためトリミングポンプの操作を阻まれ、貨車積替作業が中断されて同船は出港定時より約十二分遅れ、(ロ)同日午後七時四十分出港予定の第十二青函丸においては、船長が右十勝丸の事例に鑑み、貨車積替作業の妨害を阻止するため、操舵掛にトリミングポンプ操作室の鍵を持たせ内部から同室扉に旅錠して作業させていたことに対し、組合ピケツト隊員約四、五十名は同船長に施錠を解くよう迫つて、これを同船ブリツヂ階段踊り場に取囲み公安職員によつて救出されるまで約一時間にわたり脱出できない状態に置き、かつ同ピケツト隊員は出航予定時刻を約四分経過して下船を完了したため、同船は約十五分出航定時より遅延し、(ハ)同月十七日午後七時四十分出航予定の檜山丸においては、組合側ピケツトの乗船を阻止するため乗船台に乗つていた青函局側応援斑約三十名と、乗船台階段下にあつた公安職員約十五名に対し、組合ピケ隊約二百名が階段を上ろうとしてもみ合いを生じ、階段から転落して双方に十数名宛の負傷者を出し、一方貨車甲板から同船に乗船した組合ピケ隊員約二十名がボートデツキを経て舷門からタラツプを渡り乗船台上の当局側応援班に迫り、これを押しのけて乗船台を占拠し、その後出航予定時間を十数分過ぎるまで同ピケツト隊員が下船しなかつたため同船出港は約二十二分遅延し、(ニ)同月十八日午後七時四十分出航予定の第十二青函丸においては、乗船台が同船着船前から組合ピケ隊によつて占拠されていたため青函局側は同船にタラツプを掛けなかつたが、貨車積替のため陸上線路と同船貨車甲板線路とを接触するための可動橋から組合ピケ隊が乗船するのを阻止するため同橋前に応援斑、公安職員多数を配置していたのに対し、組合ピケ隊約二百五十名位が押しかけもみ合いの末、うち百ないし百五十名が貨車甲板から船内に入りその後当局側の要請により附近待機場所から出動した約百名の警察官も加つて残余の組合ピケ隊員は後退させられたが、船内に入つた前記組合ピケ隊は、トリミングポンプ操作室を包囲し、或いは同船の舷門にバリケードを築くなどして出航予定時間を過ぎても下船せず、同船の出港も亦約二十五分遅延するに至つた。

四、青函局側は以上のような第二波斗争の推移に加え、八月十九日午後七時四十分有川桟橋出港予定の檜山丸に対しては数百名の組合ピケツトが動員される旨の情報を得ていたところから、同局海務部監督藤永義夫は、同船が同日午前七時四十分有川桟橋を出港する直前同船々長永谷茂に対し、第二波斗争中の前記十勝丸及び第十二青函丸における組合ピケ隊の乗船の状況と右情報を伝え、組合ピケ隊の乗船を阻止するため船内通路やトリミングポンプ操作室等に施錠する等の措置を要望し、更に午後一時頃青森桟橋からの同船長の電話連絡に対し、同様の助言を与える等の対策を講じ、同日午後には局長名をもつて北海道警察函館方面本部長に対し警察官の派遣方を要請し、午後五時三十分頃函館西警察署長以下約二百名の警察官が有川桟橋に集結して警備のために待機していた。

(罪となるべき事実)

一、被告人沢田は当時青函地本執行委員として同地本業務部長を兼ね同委員会に参加して前記第二波斗争の企画について討議すると共にその決定に基き有川桟橋における斗争の現地派遣委員として他派遣委員と協議し、同桟橋に着岸する連絡船に乗船して指令どおりの職場集会が開催されているかどうかを点検し、指令の完全に施行されるよう指導し、職場集会に臨んで本件斗争の目的ことに不乗便廃止問題の経緯を説明して激励し、同集会での意見を集約し、組合ピケツトを統制指揮して職場集会に参加させ、或いは官憲ないし当局側の職場集会に対する妨害や介入についてこれを排除する等の任務を有していたもの、

被告人藤枝は、国鉄労組船舶協議会本部事務局長であつて本件第二波斗争においては国鉄労組本部中央執行委員会から派遣委員として指名され青函地本委員会の第二波斗争の企画に参画し、なお同委員会の決定により有川桟橋における斗争について現地に臨み他の現地派遣委員等と協議しながら被告人沢田と同様の任務に当つていたものであるが、

二、被告人両名は、昭和三十四年八月十九日午後六時二十分有川桟橋に着岸予定の青函連絡船檜山丸においても、青函地本の第二波斗争指令どおり職場集会が計画されていたところから、同日午後一時過頃当時組合役員の集合場所であつた同桟橋船員区詰所において、同地本執行委員長宮原武一、同執行委員小田新一、同平田武美、同鈴木儀一その他同地本青年部長長沼薫、分会委員長佐久間某等と協議した結果、青函局側の阻止や警察官の出動等によつて同船に乗船できない事態が発生しても被告人両名及び右長沼、佐久間の四名は組合役員としてどのようにしてでも船内に立入り、組合ピケツトは四十名位を乗船させることを打合わせ、なお当局側の阻止行動に備え、同日午後三時三十分過頃から右檜山丸着岸予定の同桟橋第四岩壁の乗船台踊り場に右長沼、佐久間その他の組合役員二名位と共に昇り、同所及びその階段を埋めた一般組合員約七、八十名と呼応して乗船台を占拠し、その後乗船台周辺に集つて来た約六百名位の組合ピケツトも加わり、午後五時五十分頃から繰返し行われた「業務に支障があるから乗船台に昇つている人は降りて下さい」旨の桟橋スピーカーによる当局側の放送を無視し、その後公安官や応援の警察官等百五十名位によつて乗船台下の組合ピケツトが排除された後も依然右乗船台階段及び踊り場を占拠し続けて、檜山丸に乗船するため待機していたが、被告人両名等の乗船目的は前示の如く檜山丸における職場集会の指令点検、指導、斗争の経過報告、激励、意見の集約及び被告人等に引続いて乗船することになつていた組合ピケツトに対する船内における統制指揮等の任務を遂行することにあつた。

三、これより先、檜山丸船長永谷茂は、前示のとおり同日午前七時四十分有川桟橋を出港する直前同桟橋において、また同日午後一時過頃青森桟橋において口頭及び電話によつて、上司である青函局海務部監督藤永義夫から、他の連絡船に組合側ピケツト多数が乗船した状況や当日午後七時四十分出港予定の檜山丸に対しても六、七百名の組合ピケツトが動員される予定である旨の情報等を告げられ、その乗船阻止の手段として船内通路やトリミンダポンプ操作室に対する施錠を示唆されていたので、同日午後一時五十分青森桟橋から有川に向け出港した後、先づ青函局側対策会議において指示されたとおり檜山丸甲板部及び機関部の通路三個所に当日の同船内における職場集会を禁止する旨の掲示を行い、同船の組合側代表者でもある青函地本船舶支部青年部長、同支部檜山丸分会執行委員の金子守一を船長室に呼び、当日の職場集会を許可しない旨伝え、なお組合側ピケツトの乗船を中止するよう話したが、権限外であるとして拒否されたので、更に混乱に備えて乗務員の自室の鍵は自各に手渡すことなどを告げたが、前記藤永監督からの情況連絡や金子との話し合いの状況から判断した結果、有川桟橋に着船後組合ピケツト等多数の部外者が乗船して混乱を起し、業務を妨害して同船の出港を遅延させ、場合によつては船内の機械器具に触れ或いは破壊して船体ないし航行の安全を害するに至るべきことを虞れ、これらを防止するため船内通路等に施錠することを決め、同日午後三時三十分過頃一等航海士に対し、午後五時過から貨車甲板より船楼甲板(ボートデツキ)による通路は前部一個所を除き閉鎖し、二等機関士に対し着岸直前機関室に至る通路出入口も士官室傍の一個所を除き施錠し、その鍵は同室の当直運転台に置いて乗務員は必要に応じいつでも自由に出入できるよう措置することを命じたが、その後更に藤永監督と無線電話によつて連絡して組合ピケツトの乗船を阻止するため、船舶と陸上との通路であるタラツプを、乗船台と檜山丸との間に掛け渡さないこととし、また一等航海士に対しては着岸後トリミングポンプ操作室に当直操舵掛佐々木幸雄と一緒に入室して別個に同室出入口扉に内部から施錠し、その後も各自に鍵を所持して同操舵掛が欲すれば自由に退去できる状態でトリミングポンプの操作を行うよう指示したが、午後五時三十分頃更に右藤永監督から着船時陸上に向け乗船禁止等の警告放送を行うよう指示されたところ、入港後第四岸壁に近接するに従い、前記の如く乗船台上及びその周辺に多数の組合ピケツトが集つているのを認め、それが乗船した場合には船内に混乱を生じて出港の遅延を来し、その間或いは船内の機械器具に触れ或いは破壊して船体ないし航行の安全を著しく害するものと判断し、その乗船を阻止するため、午後六時十分過頃から船内スピーカーを使用し、同岸壁に十分聴き取れる音量で陸上に向け「本船乗組員以外の者は乗船しないで下さい」、またタラツプ掛けの担当者である桟橋長に向け「タラツプを掛けないで下さい」等それぞれ船長名を以て三回位宛間隔を置いて放送しながら同船は午後六時十七分定時より三分早く右第四岸壁に着岸した。

四、被告人沢田、同藤枝の両名は、檜山丸が第四岸壁に近接して来た頃前示のように同岸壁乗船台踊り場において乗船を待機していたところ、午後六時十分過から同船々長名を以てする右放送を聞き、同船長がその管理権に基き乗務員以外の者の乗船を禁止していることを確認し、同時に右乗船台からタラツプにより通常の方法で乗船することもできないことを知つたが、その後間もなく同船ボートデツキ上の前記金子守一から、同船内出入口等に施錠されている旨を告げられたので、前記青函地本現地派遣委員としての任務を遂行し併せて右施錠についての不当を同船長に抗議するため、異常な方法によつてでも敢えて同船に乗船しようと決意し、その際被告人等の点検、指導等によつて青函地本執行委員会の指令どおりに職場集会が行われるときは、同船の出港は遅延し、また被告人等の意図の如く多数の組合ピケツトが乗船すれば船内に混乱を生じ、その遅延は更に増大すべきことを容認しながら、

第一、被告人沢田は右乗船台踊り場から岸壁に降り、岸壁上を同船々尾側に移動して第八、第九繋船杭(ピツト)の中間附近に到り、同所にいた青函局海務部監督吉沢幸雄が声をかけ手を押す等し、また同監督藤永義夫が右腕を掴える等して制止したのを振り切り、同日午後六時十六分頃同所岸壁上から未だ移動中の同船貨車甲板に飛び移り、以て不法に同船内に侵入し

第二、被告人藤枝は前記乗船台踊り場において、居合せた組合ピケツト隊員にタラツプを突き出させ、これを伝い同日午後六時二十三分頃その先端から同船舷門の手摺(ハンドレール)につかまつて同船に乗り移り、以て不法に同船内に侵入したものである。

(証拠の標目)(省略)

なお弁護人は、本件檜山丸は判示日時有川桟橋第四岸壁に着岸した前後を通じ、同船乗組員以外の者の乗船を禁止する旨の放送を行わなかつたか、少くとも被告人両名は右放送を聞かなかつたばかりでなく、従前とも連絡船に乗船する際特段の手続を要しなかつたのであるから、被告人両名は同船長の右乗船禁止の意図を知らず乗船したもので艦船侵入の構成要件に該当しない旨主張し、被告人両名も当公廷においてこれに添う供述をするけれども、証人永谷茂、同藤永義夫、同久保健吉、同村井義雄、同三谷幸蔵、同矢口勝男、同小形光男の各証言、当裁判所の検証調書を総合すれば、当時檜山丸船長であつた永谷茂は、同日午後六時十分頃有川桟橋第四岸壁に近接して同船機関を停止した直後から着岸まで三等航海士に命じ船長名を以て陸上に向け「本船乗組員以外の者は乗船しないで下さい」、また同桟橋長に向け「タラツプを掛けないで下さい」旨の放送を船内スピーカーに上つて三回位宛交互に放送し、同岸壁上にいた藤永義夫等右各証人は明確にこれを聴き取つたことが認められ、しかも被告人両名はいずれも「タラツプを掛けないで下さい」との放送は聞えた旨供述するのであるから、同被告人等はこれと交互になされた前記乗船禁止の放送をも同時に聴き取つたものと認めるのが相当である。のみならず右「タラツプを掛けないで下さい」旨の放送のみによつても同船長は陸上と同船との通常の通路を閉鎖したままにし、陸上からの乗船を拒否する考えであることが十分窺えるのであつて、それにもかかわらず被告人両名は判示の如き方法で同船に乗り移つたのであるから、以上の諸点を総合すれば、証人宮原武一、同小田新一、同堀下明雄、同福田郁夫の各証言によつて明らかなように従前組合役員等が連絡船に乗船する際特段の許可手続等を必要としなかつたとしても、本件においては被告人両名は管理権者である同船長が乗組員以外の者の乗船を拒否していることを明らかに認識しながら敢えて同船に侵入したことが認められるから弁護人の右主張は採用しない。

(弁護人の法律上の主張に対する判断)

弁護人は、青函連絡船においては従前から組合活動の目的でする組合役員の乗船も何等禁止されることがなく、本件においても被告人両名は檜山丸船内において行われた組合員による職場集会をその上部機関である青函地本の現地派遣委員として指導激励しその意見を集約する等の目的で、しかもその乗船手段も暴行や器物損壊等を伴わない平穏な方法で同船に乗船したものであるところ、檜山丸船長の前示乗船禁止の措置は(1)運航の安全を確保するため船長自身の意思によつてなされたものではなく青函局からの業務命令に基き行われた違法な処置であり、(2)仮に形式上適法なものとしても右職場集会は判示の如き不乗便廃止問題に関し青函局側のとつた一方的な態度に抗議するため行われた組合運動であり、しかも保安要員が事実上勤務することを認めて出港遅延を来さない状態のもとで実施されたものであつて、公共企業体等労働関係法(以下公労法と略称する)第十七条にも違反しない適法な行為であり、組合役員がこれに参加することも亦許容されるところであるから、その限度において船長の管理権は制約されるものと解されるにかかわらず、職場集会を禁止し、組合役員の出入をも禁じた権利濫用の措置であるから被告人両名の右所為は正当な行為である旨主張するので、先づ本件檜山丸船長の乗船禁止の措置の適法性の有無について検討すると、証人永谷茂、同藤永義夫の各証言によれば、同船長永谷茂は青森桟橋より有川桟橋に向け航行中の同日午後五時三十分頃上司である青函局海務部監督藤永義夫から岸壁附近の状況に基き着岸時に前記二種の船内放送を行うよう指示されたことは明らかであるが、右各証言よれば、同船長はこれより先同日午前七時四十分有川桟橋から青森に向け出港する直前同桟橋において、また同日午後一時頃青森桟橋において右藤永監督から、同日までに青函連絡船十勝丸ないし第十二青函丸に対し組合ピケツト多数が乗船して混乱を生じ業務を妨害し出港が遅延するに至つた状況を伝えられ、これを防止する手段としてボートデツキ出入口、トリミングポンプ操作室、機関室通路出入口等に施錠してはどうかと助言され、これを検討し金子守一等との話し合いの結果をも斟酌し、結局組合ピケツトの乗船を阻止し、またその乗船によつて生ずる船内の混乱と業務の阻害並びに出航遅延の結果を防止し、なおその間に機械器具等の損傷を来すことを虞れ、船体及び航行の安全を確保するため必要と判断して判示の如き船内の施錠を行うことを決意したことが認められ、かかる経緯の後で右放送についての指示を受け、入港後岸壁上を熟視し多数の組合ピケツトが乗船台上で乗船を待機し、或いはその附近に集つているのを確認し、それが乗船する場合には船内に混乱を生じ、船内機械器具等に接触し又はこれを破壊して船体及び航行の安全を害する危険性があることを具体的に判断し、これを防止するためその乗船を阻止しようとして舷門を開かない決意をなし、前記放送を行つたものであることを認めうるから、船長の右各措置はその権限に基く行為であつたことは明白である。もつとも公共企業体の組合にあつても、組合員の通常使用する場所における勤務時間外の職場集会は許され、またそれが勤務時間に若干食い込むことがあつても業務の正常な運営を阻害するものでない限り正当な組合活動と認められ、かかる場合には管理権者と雖もその管理権あるの故を以て職場集会を禁止し、少数の組合役員の立ち入りを阻止することは許されないと解すべきこと弁護人所論のとおりである。しかし前掲証拠により判示本件事件に至る経緯の項三(1)に認定したとおり、青函地本執行委員会が本件第二波斗争において決定指令した内容は有川桟橋に着岸予定の貨物船については出港五分前までの勤務時間に食い込む一時間の職場集会を開催し、保安要員として航海士、機関士、通信士、操舵掛、機関掛、操罐掛各一名を配置し組合ピケツト約百名を動員し職場集会に参加させること等であつて、証人大沢三、同藤永義夫、同永谷茂、同市村芳雄の各証言によれば、連絡船の出港準備作業は機関部にあつては出航前七十分(但し一時間で交替)より、また甲板部にあつては出港前三十分より当直乗組員が配置について開始されるところ、右指令どおりの職場集会が開かれる場合は、出港準備作業の時間の大半を勤務しないこととなり、また仮に保安要員が完全な勤務作業に従事したとしてもタービン機関装備の船舶においては機関部の出航準備は殆ど不可能となり、最も人員を要しないデイーゼル機関装備の本件檜山丸型船舶においても右準備は困難となつて定時出航は不可能となることが明らかであり、更に貨車積替作業に伴う船体の傾斜を調整するトリミングポンプの操作を担当する操舵掛がその勤務を行わない時は約四十分を要する右貨車積替作業も不可能となつて出航遅延は必至と認められるばかりでなく、前掲証拠により判示経緯の項三(3)(イ)(ロ)(ハ)(ニ)に認定した如く有川桟橋に動員された組合ピケツト多数は船内に乗り込み職場集会に参加して激励と意見の交換を行い、或いはトリミングポンプ操作室を取り囲んで作業中の操舵掛に集会参加を呼びかけ、八月十六日の十勝丸においては結局同掛等をして作業を中止させ、或いは船内各所に入り込み、船長の下船命令を無視して船内に留る等し、そのため船内に混乱を生じ出航の遅延を来し、証人永谷茂の証言によれば現に本件檜山丸においては多数の組合ピケツトが船内に侵入し下船しなかつたため一時間二十二分の遅延を生じ、しかも出港後同船長は右ピケツトによる諸機械器具の損傷による船体及び航行の安全を案ずるの余り青森まで一睡もできない程であつたことが明白であるから、本件第二波斗争において青函地本執行委員会が企画し指令した職場集会の内容は判示の如く不乗便廃止問題について当局に抗議するための組合運動であつたとしても、明らかに公労法第十七条に違反し連絡船の正常な運航業務を阻害する争議行為と謂うべきであり本件檜山丸における職場集会もその例外ではなかつたことが明らかである。そして被告人両名は当公廷において本件檜山丸に乗船した目的の一つは職場集会が指令どおり行われているか否かを点検し、非協力組合員に対し集会参加を説得し、同集会に出席して経過報告等をしてこれを激励すること等であつた旨供述し、また同供述及び証人小田新一、同長沼薫、同金子守一、同斎藤繁、同福田郁夫、同永谷茂、同三谷幸蔵、同矢口勝男、同小形光男の各証言を総合すると、被告人両名は当日右檜山丸に乗船するについて他組合役員と協議し、当初は四十名位の組合ピケツトを船内に乗船させることを決定していたこと、被告人沢田は判示の如く乗船した後前示点検経過報告等を行い、船内の施錠状態を確認してこれを船長に抗議するため船長を捜し求めて三回位船橋に赴いたこと、その後組合ピケツト多数を乗船させるよう船外に呼びかけたこと、その直後である午後七時頃自力でタラツプを掛け船内に乗り込んだ組合ピケツト約百五十名位の一部を連れてトリミングポンプ操作室に赴きその扉を激しく叩く等して室内の佐々木幸雄操舵掛に職場集会に参加するよう呼びかけたこと、午後八時四十五分頃右組合ピケツトが下船する際はこれに指示を与え最後尾から下船したこと、また被告人藤枝は乗船後前示指令点検を行い数回職場集会に顔を出して激励したこと、被告人等に続いて貨車甲板等から乗船した数名の組合ピケツトと共にトリミングポンプ操作室に三回位赴いて佐々木操舵掛に集会参加を呼びかけたこと、前示組合ピケツト約百五十名が乗船する際、他二名と共に舷門を開いてタラツプを掛けさせその乗船を容易にし、同ピケツトの若干名宛を当局側の介入に備えて船内通路等に見張に立て、右ピケツトの下船時にはその先頭に立つて下船したこと等を認めることができるから、被告人両名は青函地本の現地派遣委員として前記職場集会の点検指導激励等のほか、前記指令に基き組合ピケツト多数を船内に乗船させ、これを統制指揮して或いは職場集会に参加させ、或いはトリミングポンプ操作室で作業中の操舵掛を集会に参加させるため説得を行わせる等の任務をも有し、その遂行を目的として本件乗船行為に出たものと認められるのみならず、被告人両名が本件に至るまでに混乱と出港遅延を生じた各船舶にその都度乗船していたことも当公廷において自認するところであり、従つて右混乱等の事情を知つていたと推認されるから、被告人両名とも本件〓山丸に対する乗船に際しては、その意図する如き行動に出る場合は同船の秩序と義務とに混乱を生じ出港遅延の結果を来すことを十分認識していたと解せられ、その結果を容認しながら敢て本件侵入行為に出たものと認めるのが相当であるから被告人両名の右一連の行為も亦公労法第十七条に違反することは明らかであり、これを阻止するために採つた同船々長永谷茂の判示所為は正当であり、これを違法視し又は権利濫用とする弁護人の主張は到底採用できない。

更に弁護人は、仮に本件職場集会が公労法第十七条に違反する争議行為であるとしても、右は労働組合法第一条第二項により刑法上は違法とさるべきものではないから、かかる職場集会に参加する目的で行われた被告人両名の本件〓山丸乗船の行為も亦刑法第三十五条に所謂正当な行為である旨主張するので検討すると、公共企業体等の職員の行う争議行為は公労法第十七条に違反する場合であつてもその効果は同法第十八条による解雇に止まり、その違反が直ちに刑法上の違法性を導き出すものではなく、右争議行為を行つた職員の処罰については公労法第三条に基く労働組合法第一条第二項の適用によつて、犯罪の構成要件に該当すると共に争議の目的、時期、方法等の点において労働組合法所定の正当性の限界を超えるものに限られるものと解すべきことは弁護人所論のとおりであるが、同時に公共企業体がその企業の性質において一般企業体と異なり国民全般の利害と緊密な関係を有することにより完全国有の公法人として組織されその役職員は法令により公務に従事するものと看做れる如き特殊性を有するものであること、また船舶は船長以下の乗組員が複雑な機械器具の完全な作動運転によつて海上航行という危険な業務に従事する職場であるところから、一般の職場と異なり厳しい秩序に規制され船体諸機械器具に対する十分な整備と安全確保が要求される特異性を有すること、更に国鉄連絡船にあつては陸上列車の運航に制約され定時の出入港が強く要請されること等の事情に鑑みれば、同連絡船乗組職員の争議行為における前記正当性の範囲は一般私企業はもとより国鉄陸上勤務職員の場合に比較しても厳格に解するのが相当であり、そのことは右正当性が結局健全な一般社会常識に照し行為の動機、目的、時期、手段、方法等の点において相当と認められ行為全体が社会通念上許容されるものと判断される場合にはじめて是認されることからも明白と謂うべきである。そこで本件について見ると既に説示したとおり本件職場集会は時間帯及び保安要員の点から出港遅延が必至と認められる内容の指令の下に実施されたものであり、また右指令どおり当日有川桟橋に集つた多数の組合ピケツトが乗船するときは船内に混乱を生じこれまた出港の遅延を来し、時には船体航行の安全をも害することが明らかであつたにかかわらず、被告人両名は青函地本現地派遣委員として右の如き出航遅延の結果を容認しながら前記任務の遂行を目的として本件侵入行為に出でたものであつて、かかる目的ないし意図を前記国鉄連絡船の特殊性に照し考察し、また作業等特に必要と認められる場合のほかは一般に乗船のために使用を許さない貨車甲板ないし舷側からの乗船の方法が船舶における厳格な規律を著しく害する手段であることをも併せ考えると、被告人両名の本件艦船侵入の所為は社会通念上許容されるものとは解し難く、刑法上も違法なものと認めるのが相当であるから弁護人のこの点の主張も採用できない。次に弁護人は被告人両名は、本件檜山丸が着岸する直前前記金子守一から船内通路機関室出入口等に施錠されている旨伝えられ、第二波斗争中の各船舶においてトリミング操作室に施錠されていた状況に照し右各室において乗務員が施錠された室内で強制労働に服させられていることを察知しこれを同船長に抗議し速かに解放させる目的で本件行為に出たもので、右は組合員の精神及び身体に対し現に行われている不正な侵害から組合員の権利を防衛し併せて労働者の団結権を防衛するため己むを得ずなされた正当防衛であるか、或いは侵害された法益の重大性に比較し被告人両名のなした法益侵害の軽微である点を比較し実質的違法性のない行為である旨主張するので検討すると、証人金子守一の証言によれば、同人が檜山丸着岸直前甲板掛として作業しながら乗船台上の被告人両名に対し船内出入口等に施錠された旨を簡単に伝えたこと、また前示のとおりその頃檜山丸船長永谷茂がボートデツキ及び機関室の通路出入口を各一個所を除き閉鎖施錠し、着岸後数分してトリミングポンプ操作室扉にも施錠させたことが明らかであるが、右措置はいずれも組合ピケツトが多数船内に侵入することに備え船内に混乱を生じ乗務を阻害され出港の遅延することを防止し、また船内諸機械器具の保全とひいて船体及び航行の安全を確保するため措られたものであつて、しかも右機関室出入口の施錠については組合員である二等機関士に命じて行わせたものでその際鍵は機関室の当直運転台に置いて機関室乗務員が必要に応じ何時でも自由に出入できる状態にしてあつたこと、またトリミングポンプ操作室についても当直の操舵掛に鍵を渡し同室内から同人の手によつて扉に施錠させたもので、これまた同人が欲すれば何時でも自由に退室できる状態にしてあつたことも明白であつて、証人藤永義夫、同中山律、同堀下明雄、同小田新一、同宮原武一、同児玉春二の各証言並びに被告人両名の当公廷の供述によれば、第二波斗争の第一日目の十勝丸以降多数の連絡船において本件同様にトリミングポンプ操作室に内部から施錠されこのことについて船長等当局側と組合役員等との間で押問答が繰返され、組合役員等は右施錠の理由及び方法について察知していたことが認められ、このことは被告人等組合役員に対し右の如き状況の下で作業した組合員である乗務員から強制労働についての訴えがなされた形跡が見受けられず、また組合役員において右乗務員等に対しその実情を調査した事跡もないことに照しても推認できるところであるから、本件においても被告人両名は船長が前記施錠の措置に出でた理由及びその室内に入つた乗務員が何時でも自由に出入しうる状態で自己の意思に基いて作業するものであることの事情を認識していたと認めるのが相当である。そして証人永谷茂の証言によれば本件檜山丸乗務員は第二波斗争の経緯から当日の同船内職場集会に対しては組合側の指導が強力に行われ組合ピケツトも極めて多数動員され、これに対する当局側の対抗措置も亦強化されることを予想し船内には当日が天王山だとする噂も流れていたことが認められ、従つて船長の前記施錠措置についての船長の意図は十分乗務員に諒知でき、それ故に船長の業務命令に服し前記作業に服したものと認められるから、かかる事情の下で乗務員に命じ同人等が自らの意思で自由に出入できる状態で出入口に施錠させた船長の前記措置が労働基準法第五条に所謂「暴行脅迫監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によつて労務者の意思に反して労働を強制させる」ものでないことは明白であり、仮に被告人両名が右の如き状況を右に所謂強制労働に当るものと解したとしても法律解釈を誤つた所謂法律の錯誤に過ぎないから被告人等の本件所為の違法性を阻却するものではなく、弁護人の右主張はその前提事実において理由がないから結局採用することはできない。

(法令の適用)

法律に照すると被告人両名の判示所為はいずれも刑法第百三十条罰金等臨時措置法第二条第三条に該当するところ、犯情について考察すると被告人両名は公共企業体である国鉄の労働組合役員としてその組合活動特に国鉄連絡船を主体とするそれの企画、指導に当つては公共企業体の特殊性、船舶の特異性に鑑み運航の確保や船体、航行の完全等の見地から正当性の範囲を逸脱しないよう特段の慎重な配慮がなされなければならなかつたのにかかわらず、既に説示したとおり明らかに公労法第十七条に違反する争議行為の企画に参画し、その指導の目的で本件犯行に出でたもので、右犯行は同被告人等が当初認識し且つこれを容認した如く多数組合ピケツトの船内侵入とそれによつて生じた混乱の結果本州と北海道を結ぶ重要な輸送路である連絡船檜山丸の出港を一時間二十二分遅延せしめる端緒となつたもので、被告人両名の責任は重大と謂わなければならないが、他面本件一連の斗争は判示経緯に認定したとおり国鉄連絡船乗務員について実質上の休暇として取扱われていた不乗便制度について当局と青函地本との交渉が纒らないまま廃止されるに至つたところからこれに抗議するため企画されたもので、右不乗便廃止問題については公共企業体等労働委員会札幌地方調停委員会のあつせんの結果青函地本の当初からの主張のとおり国鉄本社と国鉄労組本部との団体交渉に移され解決されたところからも窺われるように、青函局側の交渉中及びその廃止を実施する態度には柔軟性に欠けるところがあつたこと、本件檜山丸が前示の如く長時間の出港遅延を来したことについては職場集会が終了する頃同集会を指導していた青函地本船舶支部委員長福田郁夫が警察官が動員されたことを口実に右集会をその抗議集会に切りかえたこと等他の組合役員の行為にもその原因があつて被告人両名のみの責に帰しえないこと。本件不乗便廃止問題は結局前示団体交渉により昭和三十五年三月十六日年間三日の特別休暇を設けることによつて不乗便制度を廃止することに協定が成立し解決したこと、その他被告人両名の経歴等諸般の事情を考慮し、被告人両名に対し所定刑中いずれも懲役刑を選択し所定刑期範囲内で被告人両名を各懲役二月に処し、右犯情に鑑み各刑の執行を猶予するを相当と認め刑法第二十五条第一項に則りこの裁判確定の日からいずれも一年間右各刑の執行を猶予し、訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文を適用し全部被告人両名に平等して負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。(昭和三六年四月八日函館地方裁判所刑事第一部)

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